こんにちは!
夫婦で一年間の世界一周旅行の後、福岡県糸島市で、
ゲストハウス「前原宿(まえばるしゅく)ことのは」を運営する、のぎー&かなです。
本日もブログ訪問ありがとうございます!
さて、「ペルー」で2015年2月24日に、私たちが体験したお話です。
食の都ペルーで食について学ぶ!
前回おいしいペルー料理を食べたので、めちゃくちゃペルー料理に興味が湧きました!
そこで、2011年にオープンした、「ペルー料理博物館(CASA DE LA GASTRONOMIA)」に足を運んでみることにしました。
地球の歩き方にもさらっとしか紹介されていない、激シブの博物館です。笑
旧市街のアルマス広場のすぐ近くにありますが、平日の午前中だったためか、閑散としてます。笑
見やすくてラッキーです!
実は、ペルー料理を食べて気になっていたのは、「なぜペルーでは、伝統料理と、イタリアンや中華、和食などとのフュージョンが進んでいるのか!?」ということです!
見ていくと、ちゃんと解説がありました。スペイン語だったけど。笑。
グアテマラでスペイン語勉強してて良かったー!なんとか理解できました。分からなかった所はあとでネットで補足です。
そもそも「チーファ(Chifa、中華料理屋)」もめちゃくちゃ多いペルーですが、中華系の移民は「清」の時代の話だそうです。
おー、日本だと江戸時代ですね。古い。
広東省の人達が多く、当初は農業をするためにやってきていたようです。その頃に米を栽培していたので、ペルーには米食の文化が広がったようです。今では南米ではどこでも米を食べると思われます。
名物料理の「ロモ サルタード」は確かに醤油味だったし、中華の影響ですね!
和食は、日系の移民のおかげですね。
明治の頃から戦後までです。
やっぱり「新鮮な魚の生食」の文化を持ち込んだのがすごかったみたいです。
こちらの海外トレンドリポートによると、そもそも国民食のセビーチェは、しっかり塩とレモンで魚を「締める」料理だったそうですが、日系人がさらっとレモンを搾る、「刺身」に近いやり方を持ち込んだので、むしろ現在はこちらが主流とか。
確かに私たちが食べたセビーチェも刺身のようなかんじでした。すごい!日系人!!
フランスやイタリアはペルーがスペインから独立(1821年)後に影響を与えたようです。
まぁ、確かに南米独立の際は、スペインに先を越されたヨーロッパの国は、ちゃっかり独立側を支援していたと言いますからね。
フランスはスイーツや食材の盛りつけ方、組み合わせなどに影響を与え、イタリアの場合はパスタや甘いパンなどを持ち込んだとのこと。
確かに奴隷として連れてこられていますから、豆の煮込みなどはアフリカの影響でしょうね。
あと、日本のJETROのHPには、アンデス原産の作物として、「ジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシ、トマト、唐辛子、カボチャ、豆類。。。」などなどが挙げられてます。そもそも食材豊富です!
現在の日本、とりわけ東京の料理業界では、料理人のみなさんは研究熱心なので、世界一とも言えるレベルで、新しい技術やスタイルが生み出されているかと思います。
ペルーもそれに似た状況だと思います。
ペルーは食材も豊富で、安くて新鮮なのが手に入れ安いのはポイントかもしれませんね。
どの店もレベルが高いわけではないと思いますが、料理家さんや、美食家さんが新しい味を求めるなら、ペルーの人気店を訪れてみるといいかもですね!
世界的に有名なペルー出身の料理家さんを特集した映画もありますよ。
料理人ガストン・アクリオ 美食を超えたおいしい革命 (字幕版)
私たちの一年間の世界一周の軌跡が、皆さんのお役に立てれば幸いです。
**今度は私たちがゲストをもてなします!**
福岡・糸島ゲストハウス
前原宿(まえばるしゅく)ことのは
(Itoshima Guesthouse Kotonoha)