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氏子が受け継ぐ、春の「高祖(たかす)神楽」

こんにちは!
世界一周旅行から、地元の福岡・糸島に戻ったのぎー&かなです!
先日は、糸島にある高祖神社に、福岡県の無形文化財に指定されている「高祖神楽(たかすかぐら)」を見学に行きました。

由来深き神社

高祖神社は、糸島と福岡市の境目にある高祖山の西側にあります。
創建が不明なほど古い神社で、かつては、西北方向800メートル行った大霜の地にあり、1507年に現在地に移ったと言われています。

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↑参道を登ります。

神楽は年に二回開催されていて、4月26日が昼神楽、10月25日が夜神楽です。
江戸時代までは旧怡土郡の神職の奉仕で舞われていましたが、明治になってからは高祖神社の氏子の人たちによって受け継がれています。

参道沿いは立派な民家が並びます。生垣が美しい。

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↑参道沿いの民家

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神社入口の鳥居が見えてきました。

ちなみにこの脇には広い駐車場があって、神楽の今日は、交通整理されていましたよ。ご苦労様です。

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鳥居をくぐってからも美しい風景が続きます。
杉並木に、足元の苔に覆われた石畳です。落ち着いた空気が流れます。

面白いことに、神様の通り道と言われる、参道の真ん中は、木が植えらえていて、人が入れないようになっています。

謎を呼ぶ神楽

檜皮葺きの本殿

まずは本殿にお参りします。

ちなみに写真に写っているのは拝殿で、その後ろが本殿。

なんと本殿は檜皮葺き(ひわだぶき)で、現在修復工事中です。

ヒノキの樹皮を屋根に使う伝統構法なわけですが、工事やメンテナンスが大変なので、今では大きな神社じゃないとなかなか見られないんじゃないかと思います(出雲大社や厳島神社など)。

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↑拝殿と工事中の本殿

本殿から見下ろせる位置に神楽殿があります。奉納するのにふさわしい立地ですね。

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↑神楽殿

舞が始まる

13時から神楽が始まりました。
まずは、神供(じんぐう)神楽

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神楽の開始を告げる舞です。

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鈴を鳴らして、神楽歌を歌いながら、歩きます。
詞を聞いていると、米の豊作を感謝するかのような話に聞こえました。

 

続いて、高處(たかどころ)神楽です。

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神社祭神を讃える舞だそうですが。歌の中にも、檜皮葺きを讃えるフレーズを繰り返しています。
この歌がある限り、本殿は瓦ぶきには出来ませんね。

踊りも特徴的で渦を巻くように、最初は大外をゆっくり旋回して、どんどん中心に近づいてきます。
そして、最後は中心でスピンのようにクルクルって回ります。これを右回り、左回りと繰り返します。

ちなみにちょろっと垂れ下がっている垂れ幕には、はっきりと波の模様が!
高祖は思いっきり山側で、港は遠いんですけどねぇ。

おそらく本来は海からやってきた人たちの祭りだったんでしょう。興味深いモチーフです。

ほぼ同じ舞!?

続いて、敷蒔(しきまき)神楽です。五穀豊穣を祈る神楽です。

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↑米を入れた折敷(おしき)を持って、やっぱりグルグル回っています。

ここで気づいたのですが、神楽の名前が変わっても、音楽のリズムと舞い方がほぼ同じです。
渦のようにグルグル回っています。実は後に続く舞の幾つかでも基本は同じでした。

???

これはかなり謎ですねぇ。

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↑稚児の舞。この舞は他とは違ってました。かわいい。

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↑国平(くにうけ)神楽。

島根の美保神社の祭神「事代主命(ことしろぬしのみこと)」が出てきます。タイ釣りが好きで漁業の神様でもあるので、タイを釣り上げます。他にも色々なものを釣り上げますが、舞を見ているととても民衆に人気のある神様のようです。

出雲の東の端が美保関(みほがせき)。そこで見た祭にびっくりした。青柴垣(あおふしがき)神事。四月の初めにある。さんざん待たされましたが、そのあげくに、両脇を抱えられて宮司さんがよろよろと出てきました。一週間ぐらい断食したのではないかと言うぐらい本当にやせ衰えて出てきました。海岸まで行き、用意されていた船に乗りました。(中略)
これは何かというと、よろよろと出てきたのは事代主。神社の大きな看板に書いてありますが、天照の軍勢と戦い破れて、本土決戦というか最後の場面。その時事代主は、いろいろ戦いはあったが、もう戦いはやめよう。その代りわたし一人が犠牲になって死のう。わたし一人が死ぬ代りに出雲の人々を傷つけないことを、天照たちに約束して欲しい。そしてそう言って海の中に入っていってお隠れになった。そう言われれば『古事記』『日本書紀』にもそんな感じで書いてあるけれども、よく分からなかった。海の中へ入って行ったということは自殺したという事です。海の中へ入って行き自殺したということは、『古事記』『日本書紀』では書いていないけれども、土地の人々は永々と伝えていて、われわれを護るために海の中へ入ってお隠れになった。古田武彦講演 弥生の土笛と出雲王朝「国譲り」神話より

神事ってすごいなぁと思います。祭りの形で1000年、2000年という長い年月語り継がれるわけですから

高祖神楽での事代主は人気者として描かれていますね。

一応、この神楽は戦国時代に高祖を拠点にした武将原田氏が京都で習ってきた京神楽に由来すると言われていますが、古事記のお膝元の京都で、(天照大神側の敵である)事代主がヒーローになる神楽なんてあったんでしょうかね〜??

少なくとも神楽の幾つかは相当古い歴史がありそうです。

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↑高校生による、両剣神楽。グルグル回ります。

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↑笹舞神楽。これもグルグル回ります。

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↑蟇目(ひきめ)神楽。矢を放ちます。

伝統を受け継ぐ難しさ

明治期に本来は神職の舞を氏子衆が受け継いだとのことですが、仕事を抱えている人が合間で練習するわけですから、ものすごく大変だと思います。

もしかすると、音楽や舞がどれも似ているのは、すべての舞や演奏技法を受け継げなかった可能性もありますね。。。

なんとなく持ち物と踊りの振り付けが一致している気がしたのは、敷蒔(しきまき)神楽です。

米を入れた折敷(おしき)を持ってグルグル回る舞です。

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遠心力があると手から離れないので、うまくいくと、みんなから「おー!」って歓声が上がります。
神様もこれを見て、テンション上がっていることでしょう。

勝手な想像ですが、舞の幾つかは、この舞を参考にしているんじゃないかなと思いました。
やっぱり演目が違えば、舞い方も音楽も違うのが普通じゃないかと思いますので。

あるいは、かつての祭りの形は、高祖神社と西側の平野部に位置する細石神社に向かって、神輿を神幸させたという言い伝えもあるようなので、もしかすると博多どんたくのように同じ音に合わせて練り歩いたんでしょうかね〜。

何はともあれ、お祭りが今の今まで残っているというのは奇跡ですね。
秋は夜神楽です。興味深いです。

明日も糸島を楽しみます!!

名所情報

神社名:高祖神社
住所:糸島市高祖1578
HP:http://www.kiku.com/takasu_shrine/
地図:

(※2016年4月現在の情報です)

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前原宿(まえばるしゅく)ことのは
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